山道や峠道などの長い下り坂でエンジンブレーキの使用が強く推奨されるのには、物理的な安全上の明確な理由があります。数キロにわたる下り勾配でフットブレーキだけを使い続けると、車輪のブレーキ機構に極度な摩擦熱が蓄積し、2つの致命的なトラブルを引き起こすためです。
1つ目がフェード現象です。ブレーキパッドが過熱すると摩擦材の成分が高熱でガス化し、パッドとディスクローターの間にガス膜が発生して摩擦係数が急低下します。ペダルを踏み込んでも滑るような感触になり、制動力が著しく失われます。
2つ目がより危険なベーパーロック現象です。摩擦熱がブレーキキャリパーからブレーキフルード(作動油)へ伝わり、フルードが沸騰して配管内に気泡が発生します。液体と違って気体は圧縮されるため、いくら強くペダルを踏んでも圧力がブレーキ本体に伝わらず、床までペダルがスッと抜けてブレーキが完全に効かなくなります。
これら重大事故につながる現象を回避する唯一の対策が、エンジンブレーキを主軸にし、必要なときだけフットブレーキを併用するという運転技術です。エンジン側で一定の制動力を保ち続ければ、フットブレーキの過熱を確実に防ぐことができます。