対峙する「近畿説」の最大の根拠は、奈良県の纏向遺跡だ。大型建物群の配置や全国各地からの土器出土は、初期ヤマト王権の威容を物語る。しかし、近畿説が抱える最大の弱点は「年代の食い違い」にある。
近畿の主要な遺構の盛期は4世紀前後にシフトしており、卑弥呼が活躍した3世紀前半~半ばとの間に微妙な時間的ギャップが指摘されてきた。一方で、九州各地の遺跡群から出土する土器や青銅器の年代は、中国の三国時代(魏)と完全に同時代を示している。考古学の厳密なレイヤー(層位)比較を行えば行うほど、3世紀前半における圧倒的な物証の密度と国際性は九州側に軍配が上がるという見解が強まっている。