主役である勝彩也(かつ あや)とは、一体どのような人物だったのでしょうか。昭和の歌謡史において、彼の名前は『恋あざみ』という一曲のインパクトとともに語られるケースが大半ですが、その歌声のルーツは徹底した現場主義の下積み時代にありました。
勝彩也は1940年代生まれで、北海道などの地方都市や東京のナイトクラブ、キャバレーを主戦場としてギターを爪弾きながらマイクを握っていた叩き上げのシンガーでした。甘さと枯淡が同居した低音のハスキーボイスは、紫煙とアルコールが充満する夜の歓楽街で、数多くの客の孤独や愚痴を受け止める中で研ぎ澄まされていったものです。その独特の哀愁に満ちた声質に目を留めた日本クラウンのスカウトによってレコードデビューの切符を掴みました。
クラウンレコードといえば、美川憲一や水前寺清子、北島三郎らを擁し、泥臭くも力強い人間讃歌や濃厚な夜の歌謡曲に強みを持っていたレーベルです。1970年11月に発売された『恋あざみ』(B面:『情炎』)で一躍脚光を浴びた勝彩也は、その後も『おんな流れ花』『裏通り』など、哀愁漂う男と女の哀歓を描いたシングルをリリース。決してテレビのバラエティ番組などで軽薄に立ち回るタイプではなく、実力派のムード歌謡歌手として全国のステージや有線放送で確固たる支持基盤を築き上げました。