歴史を振り返れば、「国家を売った」として後世まで唾棄され続ける人物には明確な共通点がある。その代表格が、南宋の宰相・秦檜(しんかい)だ。金国との和平を強硬に推し進める過程で、抗金の名将であった岳飛を無実の罪で処刑した彼は、中国史上最大の裏切り者として後世の民衆から憎まれ、その像には長きにわたり唾を吐きかけられる屈辱が課された。
近代東アジア史においてその烙印を押されたのが汪兆銘(おうちょうめい)である。孫文の正統な後継者と目されながらも、日中戦争の泥沼化の中で日本軍と結んで南京に親日政権を樹立した。彼の動機が泥沼の戦火から民衆を救うための苦渋の現実路線であったか否かは議論が分かれるものの、歴史の公式記録において「漢奸(民族の裏切り者)」の筆頭としての評価は揺らいでいない。
彼らが背負った罪の本質は、法的な概念で言えば外患誘致や国家反逆罪に相当する。一国の存亡を左右する極限状況において、敵対勢力と結託して味方を背後から撃つ行為。これこそが歴史が定義してきた裏切りの実態であり、現代の日常的な意見対立とは次元が根本から異なる。