野生と飼育下、どちらの象が長生きするのかという問いは、長年にわたり動物学者たちの議論の的となってきた。かつては医療と安定した食料が供給される動物園の方が長寿であると信じられていたが、過去の大規模な疫学調査は予期せぬ事実を突きつけた。飼育下の象は野生個体に比べて平均寿命が短く、特に肥満や足の疾患、そして単独飼育による慢性的な精神ストレスが早死にの引き金になるケースが報告されたのだ。
一方で、野生の環境も決して楽園ではない。象の寿命を物理的に決定づける最大の生物学的要因は「歯」にある。象の臼歯は一生の間に水平方向に6回生え変わるが、最後の臼歯が摩耗しきってしまうのがちょうど60歳前後。咀嚼能力を失った個体は、十分な栄養を摂取できなくなり、衰弱していく。野生では歯の喪失や過酷な干ばつが容赦なく命を奪うのに対し、現代の先進的な飼育施設では細かく刻んだ特別食や手厚いデンタルケアによって、70歳近くまで命をつなぐ個体も現れている。長寿を左右するのは、安全な環境と心身の健康維持という繊細なバランスに他ならない。