2つの焼き菓子が纏うシンボリックな形状は、単なるパティシエの気まぐれではなく、ヨーロッパの宗教的背景や近世の都市経済が生み出した必然的な帰結でした。
マドレーヌの象徴である貝殻型と金塊型の由来を紐解くと、18世紀中盤のフランス北東部・ロレーヌ地方へと行き着きます。有力な説として知られるマドレーヌ発祥の歴史は、ロレーヌ公スタニスラス・レスチンスキーの居城で開かれた宴が発端です。料理長とパティシエが口論の末に厨房を去り、デザートに困り果てた給仕係の女性「マドレーヌ」が、手元にあった祖母のレシピをもとにホタテの貝殻を焼き型代わりにして急ごしらえの菓子を焼き上げました。この機転が生んだ素朴な焼き菓子を公爵が絶賛し、彼女の名を冠して宮廷からヴェルサイユ、さらには全土へと広まったと記録されています。また、キリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す巡礼者たちが、巡礼の証として身につけていたホタテ貝を模したという説も根強く残っています。
一方のフィナンシェは、19世紀末のパリ中心部、証券取引所(ブルス)の界隈で産声を上げました。フィナンシェ名前の意味は、フランス語でまさに「金融家」や「財政家」を指します。発祥の地となったサン・ドニ通りのパティスリー「ラズヌ」の店主が、多忙を極める金融関係者たちのために考案したのが始まりです。
「背広を汚さずに片手で素早く食べられること」「日持ちがして持ち運べること」、そして何よりも「金融街の顧客に喜ばれる縁起の良い意匠であること」が求められました。そこで考案されたのが、インゴット(金の延べ棒)を模した長方形の金型です。焦がしバターとアーモンドをたっぷり使って焼き上げられた黄金色の長方形は、リッチな富の象徴としてビジネスマンたちの心を掴み、瞬く間にパリのトレンドとなりました。