銀座の夜の歴史を語るうえで、1958年にオープンした山口洋子 クラブ姫の存在を外すことはできません。当時わずか20代前半だった山口洋子氏が銀座7丁目に構えたこの店は、またたく間に昭和を代表する文化人たちの梁山泊となりました。
三島由紀夫、石原慎太郎、大島渚、吉行淳之介、開高健といった錚々たる作家・表現者たちが夜な夜な席を同じくし、文学談義から政治議論まで火花を散らした場所。それがクラブ「姫」でした。山口氏自身、単なる接客業の経営者にとどまらず、作詞家として『よこはま・たそがれ』や『うそ』などのメガヒット曲を連発し、1985年には小説『演歌の人』などで第93回直木賞を受賞するという、前代未聞の快挙を成し遂げています。
当時のインタビューや自著『銀座の女』などの手記において、山口氏は「水商売の女が片手間に文章を書いているのではない。銀座という極限の人間道場で生きているからこそ、人間の業と真実が見える」という趣旨の告白を残しています。公の場で見せた凛とした佇まいと、媚びを売らずに客の知性と対等に渡り合う姿勢。この「知性とプライドの融合」こそが、クラブ「姫」を伝説へと押し上げた本質でした。
その後、時代の変遷とともに実店舗としてのクラブ「姫」はその歴史に幕を下ろしましたが、同店が打ち立てた「ママの教養が店の格を決める」という美学は、現在の銀座の高級クラブのママたちへ脈々と受け継がれています。