大和三山(香具山・畝傍山・耳成山)の争いを擬人化して詠んだ「三山鎮座歌」は、単なる自然の描写ではありません。古くから「中大兄皇子・大海人皇子・額田王の三角関係を山に見立てた歌」として語り継がれてきました。
三つの山が互いを奪い合う姿に、当時の宮廷で実際に起きていた生々しい恋愛劇を重ね合わせているという解釈です。男山とされる香具山と耳成山が、女山である畝傍山を巡って衝突する構図は、一人の魅力的な女性歌人・額田王を巡る兄弟の張り合いそのものに見立てられます。
しかし、近年の歴史研究や文学研究では、この歌が作られた「三山鎮座歌の背景」について、より踏み込んだ見解が示されています。当時の中大兄皇子は、飛鳥の伝統的な豪族支配を解体し、天皇中心の中央集権国家を打ち立てようとしていた真っ只中でした。大和の聖地である三山を鎮める儀礼的な歌を詠むことで、「神々の争いを治め、国土を完全に掌握した絶対的支配者」としての威信を内外に誇示する政治的プロパガンダの側面があったと読み解くことができます。