大学卒業後、似鳥氏は広告代理店などに就職するものの、営業成績が上がらずわずか半年余りで解雇されてしまいます。人付き合いが苦手でサラリーマンが務まらないと悟った似鳥氏は、1967年、23歳のときに札幌市北区でわずか30坪の「似鳥家具店」を創業しました。
しかし、商売の知識も仕入れのコネもない素人経営。開店休業状態が続き、近隣にできた大手家具店に客を奪われ、一時はヤクザまがいの債権者に追われるなど深刻な倒産危機に追い込まれます。絶望の淵に立たされた似鳥氏は、自殺を考えるほど精神的に追い詰められました。
そんな運命を劇的に変えたのが、1972年、27歳で行ったアメリカ視察研修でした。現地の家具店や住空間を目にした似鳥氏は、日本の数分の一の価格でカラーコーディネートされた豊かな暮らしが提供されている光景に激しい衝撃を受けます。「日本の住まいをアメリカのように豊かにしたい」――この強烈な使命感を胸に刻んだ似鳥氏は、帰国後にチェーンストア理論を本格導入。中間マージンを徹底的に省く「製造物流小売業(SPA)」のビジネスモデルを構築し、後のメガチェーン「ニトリ」へと急成長を遂げる第一歩を踏み出したのです。