ジャクソン家の光り輝く歴史の陰には、一般にはあまり語られない家族の痛切なドラマが刻まれています。その最たる例が、四男マーロンと共に生まれた双子の弟・ブライアンの存在です。
1957年3月、インディアナ州ゲーリーの病院で予定日より数ヶ月早く生まれた双子の兄弟のうち、マーロンは何とか一命を取り留めたものの、わずか数時間後にブライアンは息を引き取りました。自伝やドキュメンタリーにおいてマーロンは、「自分は常にどこかで片割れの魂を探し、見守られている感覚を持っていた」と述懐しています。この喪失体験は、後に家族全員の結束を強めると同時に、幼少期のマイケルたちにとっても「命の脆さ」を無意識に刻み込む原体験となりました。
また、父親ジョセフ・ジャクソンが愛人との間にもうけた異母妹ジョヴォニーの存在も、家族の人間模様に複雑な影を落としました。ジョセフは母キャサリンと婚姻関係を続けながら二重生活を送り、ジョヴォニー自身の手記によると「本家の子どもたちからは常に距離を置かれ、疎外感を味わっていた」と明かされています。マイケルたち兄弟にとって、父親の不義と家庭の崩壊危機は、多感な時期の大きな精神的負荷となっていたのです。