1998年7月、参議院選挙の大敗を受けて退陣した橋本龍太郎首相の後を継ぎ、小渕氏が自民党総裁に選出された当初、メディアや世論の視線は極めて冷ややかなものでした。米紙ワシントン・ポストの特派員であったジョン・ニューマン氏が、小渕氏のカリスマ性の欠如を評して「冷めたピザ(Cold Pizza)」と表現した報道は、国内外で大きな波紋を広げました。
発足当初の内閣支持率は各社調査で20%台前半と低迷し、「短命に終わる」との見方が支配的でした。しかし、小渕氏は自著やインタビューで自らを「凡人」「牛歩」と称し、批判を真っ向から受け止める謙虚な姿勢を崩しませんでした。この姿勢が、徐々に国民感情を好転させていきます。
小渕首相は、有識者やジャーナリスト、さらには一般市民へ突如として自ら電話をかける「ブッチホン」を積極的に行いました。早朝や深夜を問わず、受話器の向こうから「小渕恵三です」と直接声がかかるこの手法は、当時のテレビ番組や雑誌メディアでセンセーショナルに取り上げられ、親しみやすさを決定づけました。
金融危機に直面した日本経済に対し、「経済再生内閣」を掲げて財政出動を断行した結果、発足時に低迷していた支持率は1999年には50%〜60%台へとV字回復を記録しました。ネット掲示板の黎明期であった当時でも、「平成おじさんは腰が低くて誠実」「愚直に働く姿が見直された」といったポジティブな評価が主流を占めるに至ったのです。