月亭八方の原点を語る上で、師匠である故・月亭可朝の存在を外すことはできない。「嘆きのボイン」の大ヒットや参院選出馬など、昭和の演芸史に強烈な爪痕を残した稀代の風雲児の元で、八方は芸のイロハと生き様を学んだ。吉本興業の歴史の中でもひときわ異彩を放った師匠の背中は、自由奔放でありながら芸に対して誰よりも純粋だった。
「型破り」とは、まず「型」を知り尽くした者だけが許される特権である。八方は師匠の破天荒な振る舞いに翻弄されながらも、落語の本質を見失わなかった。可朝から受け継いだ反骨精神と人間臭いユーモアは、八方の落語の血肉となり、独自の語り口を形成する強固な土台となっている。