当時、関係者の間では橋本弘文氏の引退にまつわる噂の真相として、いくつかの仮説が囁かれていました。その代表格が「若頭人事への不満説」と「髙山清司若頭の出所に伴う権力構造の変化」です。
六代目山口組のナンバー2である髙山若頭が府中刑務所から出所した直後、組織内では抗争終結に向けた体制強化が進められました。その過程で、独立独歩の気風が強く発言権の大きかった橋本氏の立ち位置に変化が生じ、最高幹部間での路線対立やプレッシャーが強まったと伝えられています。
また、橋本氏自身が70代を迎えて体調面に不安を抱えていたことや、暴対法・暴排条例の徹底によって「これ以上組織を維持しても未来がない」と合理的に判断したという見方も有力です。義理を立てつつも引き際を冷静に見極め、自らの引き際とともに組織を解散させる道を選んだというのが実態に近い構図といえます。