匡子さんの子育ては、まさに命がけのプロジェクトでした。毎朝4時台に起きて朝練の送迎を行い、栄養バランスを秒単位で計算した特製弁当を作り、リンクサイドでは厳しい言葉で娘たちを鼓舞し続けました。失敗したジャンプがあれば、帰りの車中で徹底的に原因を問い質す厳格さを持っていたと、真央さんや舞さんは後の自著やインタビューで回顧しています。
姉妹間の葛藤と姉・舞との衝突を越えた絆
しかし、その苛烈な情熱はときに家族間の軋轢を生むこともありました。妹の真央さんが驚異的なスピードで世界の頂点へ駆け上がる一方、思春期を迎えた姉の舞さんは体重コントロールや成績の伸び悩みに直面します。母・匡子さんの関心が自然と真央さんに集中するなかで、舞さんは強い孤独感と反抗期を経験しました。
舞さんは当時の心境について、「母と真央がいるリンクに行きたくなくて、夜遊びを繰り返した時期もあった」とテレビ番組で赤裸々に明かしています。しかし、匡子さんは決して舞さんを見放しませんでした。激しい衝突を繰り返しながらも、最後には真正面から抱きしめ、対話を諦めなかった母の愛情が、やがて姉妹と家族の絆をより強固なものへと修復させたのです。