敵キャラクターであるにもかかわらず、猗窩座がかっこいい理由として真っ先に挙げられるのは、一切の慢心を排して至高の強さを追い求める純粋な武道家精神です。多くの鬼が人間を単なる「食糧」や「見下すべき弱者」として快楽的に虐殺する中、猗窩座の動機は一貫して「己の武の極致への到達」にあります。
とりわけ印象的なのが、劇場版でも世界中を熱狂させた煉獄杏寿郎への正当な評価です。戦闘中、煉獄の鍛え上げられた闘気と精神力を瞬時に見抜いた猗窩座は、「素晴らしい才能を持つ者が淘汰されるのは忍びない」「お前も鬼にならないか」と幾度も勧誘しました。この提案は単なる誘惑ではなく、肉体の衰えという人間特有の限界を惜しみ、永遠に切磋琢磨できる武の友を求める純粋な敬意から生まれたものでした。
また、戦闘時の潔さも猗窩座の武人としての魅力を際立たせています。武器や搦手(からめて)に頼らず、己の拳と体術のみで正面突破を図る潔癖な戦闘スタイルは、悪逆非道な鬼の集団において際立つ気高さを放っています。作中で放たれる「弱者には虫唾が走る」「至高の領域に近い」といった鋭利な名言セリフの数々は、彼自身のストイックな生き様と直結しているからこそ、読者の胸に深く刺さる説得力を持っています。