転居を繰り返したもうひとつの大きな背景には、金銭トラブルと借金問題がありました。北斎自身は生涯で膨大な作品を手掛け、高額な画料を得ていた時期もありましたが、金銭管理能力は絶望的なまでに欠落していました。
弟子や版元から支払われた金は、包み紙を開けもせずそのまま机に放り出し、米屋や酒屋の請求が来ると「その包みを持っていけ」と中身の確認すらしない始末。さらに晩年には、孫(娘の連れ子)が吉原などの遊興で莫大な借金を作り、その連帯保証人となっていた北斎のもとへ借金取りが頻繁に押し寄せる事態に発展しました。
孫の借金返済のために私財を失い、取り立ての目を逃れるために居場所を転々としたことも、引っ越し回数が跳ね上がった生々しい現実の一面です。