工場の現場作業、とりわけベルトコンベアの前で何千回と同じ動作を繰り返すライン作業では、「気が狂いそうになる」という訴えが頻発します。これは精神論ではなく、神経科学および人間工学の観点から明確に説明がつく現象です。
人間工学において、単純すぎる作業を長時間強いられる状態は「認知的過小負荷(Cognitive Underload)」と呼ばれます。人間の脳は適度な知的刺激を処理することで覚醒水準を保ちますが、刺激が極端に乏しい状態が続くと、感覚遮断に近い状態に陥ります。退職者の手記には「8時間ずっと同じネジを締め続けるうちに、時間の感覚が完全に消失し、幻聴や頭痛に襲われた」といった生々しい告白が散見されます。脳が刺激飢餓状態に耐えきれず、雑念の暴走や激しい抑うつ感を引き起こすのです。
さらに事態を悪化させるのが交替勤務(夜勤)です。厚生労働省の労働安全衛生調査でも指摘される通り、夜勤を伴う製造現場では概日リズム(サーカディアンリズム)が強制的に破壊されます。太陽光を浴びない生活は、脳内のセロトニン分泌を減少させ、睡眠を司るメラトニンの生成を阻害します。
これにより引き起こされるのが自律神経失調症です。日勤と夜勤が数日おきに入れ替わるシフトでは、交感神経と副交感神経の切り替えが機能不全に陥り、動悸、慢性疲労、不眠、突然の涙や焦燥感といった症状が常態化します。この身体の崩壊過程を本人が自覚したとき、「頭がおかしくなってしまう」という強烈な危機感を抱くことになります。