カエサル暗殺の中心人物となったマルクス・ユニウス・ブルトゥスは、なぜ自らを引き立ててくれた恩人を殺害するに至ったのでしょうか。その根底には、個人的な怨恨ではなく、名門貴族としての血統への強迫観念と共和政への絶対的な信仰がありました。
ブルータスの先祖であるルキウス・ユニウス・ブルトゥスは、紀元前509年に専制を敷くエトルリア人の王を追放し、ローマに「共和政」を創始した伝説的な英雄でした。ローマ人にとって「ブルートゥス」という家名は、「独裁と王政を打倒する自由の守護者」と同義だったのです。
元老院派の首謀者であるガイウス・カッシウス・ロンギヌスらは、この血筋を巧みに利用しました。ブルータスの執務室や先祖の像に「ブルータスよ、お前は眠っているのか」「お前は真のブルータスではない」といった落書きを仕掛け、彼の中に眠るプライドと義務感を煽り立てました。
カエサルを個人的に敬愛しつつも、「一人の独裁者を容認すれば、ローマが数百年守り抜いてきた自由と共和政が死ぬ」という高潔すぎる理想主義に囚われた結果、ブルータスは私情を捨てて凶行に加担する道を選んだのです。