現在の組織図を語るうえで避けて通れないのが、山口組分裂の経緯と、その抗争の帰結です。2015年8月、六代目山口組の名古屋中心主義に反旗を翻した山健組や宅見組などが離脱し、井上邦雄組長をトップに据えて「神戸山口組」を結成しました。当時は勢力を二分する大抗争へと発展するかのように報じられましたが、10年余りを経た現在のパワーバランスは完全に崩壊しています。
決定打となったのは、2026年9月16日の五代目山健組の六代目山口組電撃復帰でした。神戸山口組の最大武闘派であり資金源でもあった山健組が二次団体として六代目に復帰したことで、神戸側の組織基盤は瞬く間に瓦解。相次ぐ直参の離脱、引退、あるいは六代目側への軍門降下が相次ぎました。
神戸山口組の現在は、井上組長を支える直系組長が数名程度にまで激減し、活動実態はほぼ麻痺状態にあります。一方、2017年に神戸山口組からさらに袂を分かった絆會(旧任侠山口組・織田絆誠代表)の動向も極めて厳しく、幹部の相次ぐ逮捕や傘下組織の離脱により、組織的な対抗力はほぼ失われました。2026年現在、抗争という言葉が形骸化するほど、六代目山口組の一強独走状態が確定しています。