「ハーフタレントだから生まれつき英語がペラペラだったのだろう」という世間のイメージに対し、実際の生い立ちははるかに泥臭い努力に満ちています。
アメリカで生まれ2歳で来日した水原希子は、神戸の公立小・中学校に通っていたため、日常生活のベースは完全に関西弁の日本語でした。両親の離婚によって家庭内から英語を話す父親がいなくなったことで、一時期は英語をほとんど話せなくなっていた時期があったと告白しています。「見た目は欧米系なのに英語が話せない」「日本人として育っているのに外国人扱いされる」という二重の疎外感は、思春期の彼女の心を深く傷つけました。
しかし、彼女はそのコンプレックスを放置しませんでした。世界市場への挑戦を見据え、10代後半から改めて英会話を猛勉強。海外の撮影現場に単身で飛び込み、実践の中で流暢なビジネス英語を体得していったのです。ネット掲示板や知恵袋などでは長年「帰国子女の特権」と誤解されがちでしたが、現在彼女が海外メディアで堂々とインタビューに答えている語学力は、過酷な現場で自力で勝ち取った武器にほかなりません。