中元日芽香がグループを去る引き金となったのは、医師から告げられた適応障害という診断名でした。アクターズスクール広島時代から培った高い歌唱力とダンススキルを誇り、ファンの間ではパフォーマンス力の高さで知られていた彼女ですが、乃木坂46という大所帯の中で「求められるキャラクター」と「本来の自己」との乖離に長く苦しんでいました。
自著『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』(文藝春秋)の中で、彼女は当時の精神状態を赤裸々に告白しています。選抜とアンダーを行き来するプレッシャー、ファンの期待に応えようと明るいアイドル像を無理に演じ続けた結果、ある朝突然ベッドから起き上がれなくなり、身体が鉛のように重く、涙が止まらない状態に陥りました。「自分が自分でなくなっていく感覚」という手記の記述は、過剰適応に苦しむ現代の多くの若者の胸を打ちました。
2017年1月からの休業期間中、彼女の命を救ったのは、ひとりの臨床心理士との出会いでした。診察室で自らの感情を一切否定されることなく、ありのまま受容された経験が、「心の問題は専門的なアプローチによって回復できる」という強烈な原体験となります。復帰を果たしたものの、自らの心身の限界を見つめ直した彼女は、同年秋にグループからの卒業と芸能界引退を決断しました。それは単なる挫折ではなく、自らの命を守るための能動的な撤退でした。