子供たちの学歴や進学先についても、大阪政界を揺るがした橋下氏ならではの憶測が飛び交いました。とりわけ取り沙汰されたのが、「大阪府立北野高校」への進学説です。北野高校といえば、京都大学合格者数で全国トップを争う名門公立高校であり、橋下徹氏自身の母校でもあります。
大阪府知事時代、公立高校改革を断行した橋下氏の姿勢から「自分の子供も当然トップ校の北野高校へ通わせているはずだ」と見なされがちでした。しかし、実際の通学事情は公私混同を避ける極めて現実的なものでした。
幼少期から小中学校時代、子供たちは大阪府内の地元公立校(豊中市・箕面市エリア)へ通学していました。「知事・市長の子供だからといって特別扱いはしない」という教育方針のもと、PTA活動にも妻の典子さんが一保護者として普通に参加していたことが地元住民の間で広く知られています。
高校・大学の進学フェーズにおいては、子供それぞれの適性と個性に合わせ、府内の難関私立中高一貫校や国公立高校、大学は関関同立(関西学院・関西・同志社・立命館)や首都圏のMARCH・早慶クラスへと進んだと報じられています。父親の強要ではなく、「学費の支援は大学まで。ただし浪人や留年は原則認めず、自分の進路は自分でプレゼンさせる」という、極めて実務的な家庭内ルールが徹底されていた点が特徴的です。