花に特定の感情やメッセージを託す文化は、偶然生まれたものではありません。切ない花言葉がつけられた歴史的経緯を辿ると、19世紀のヴィクトリア朝イングランドで大流行した「セラム(花便り)」という暗号文化に行き着きます。当時、厳格な階級社会や道徳観によって直接的な愛の告白や感情表現を制限されていた貴族階級の人々は、花束の組み合わせに秘密の暗号を潜ませて想いを交わしていました。その過程で、成就しない恋や届かぬ想い、別れの予感を象徴する「儚い符牒」が数多く生み出されたのです。
一方、日本においては古来、仏教の無常観や平安貴族が愛した「もののあはれ」の美意識と深く結びついています。その筆頭が桜の花言葉と儚さの由来です。桜の代表的な花言葉には「精神美」「優美な女性」「私を忘れないで」などがありますが、満開を迎えてからわずか数日で潔く散り急ぐその姿は、平安時代から「命の短さ」「世の無常」の象徴として歌に詠まれてきました。国立公文書館に所蔵される古典文学の記述を見ても、桜の散り際に見出す美しさは、日本人の精神構造そのものと表裏一体であったことが分かります。
また、夏の風物詩である朝顔の花言葉の真実にも、日出処の文化が色濃く反映されています。朝顔には「愛情」「結束」といった前向きな意味がある一方で、「儚い恋」という哀愁を帯びた言葉が併存します。早朝に凛と咲き誇り、太陽が高く昇る昼前には無残にしぼんでしまうその短命な営みは、江戸時代の俳諧や浮世絵でも「はかなき逢瀬」の隠喩として描かれてきました。人間がコントロールできない「命の瞬発力」を目の当たりにしたとき、洋の東西を問わず、人々はその姿に自らの切ない感情を投影してきたのです。