元関脇・寺尾として親しまれた錣山親方の直接的な死因は、充血性心不全であった。晩年は不整脈などの循環器系疾患に苦しんでおり、数回に及ぶ入院生活を余儀なくされていた。現役を退いた後も、自らの部屋で指導に当たる傍ら、病魔との戦いを静かに続けていたという。
病状が急速に悪化したのは亡くなる直前のことだった。周囲の親しい関係者によれば、心臓機能の低下に伴う体調不良が続き、緊急入院を余儀なくされた。一時は持ち直す兆しを見せたものの、容態が急変。2026年現在の視点から改めてその経過を振り返ると、彼がいかに限界を超えた精神力で病と向き合っていたかが浮かび上がる。最期まで弱音を一切吐かず、相撲人としての矜持を保ち続けた姿は、医療関係者や家族の胸にも深く刻まれている。