手縫いの中でも、コの字縫いが「縫い目が見えない仕立て」を実現できる理由は、物理的なテンションと布の折り目(折り山)の相互作用にある。一般的なまつり縫いや本返し縫いが布の表面を貫通して固定するのに対し、コの字縫いは対向する2枚の布の「折り山」の内部だけを水平に行き来する。上から見ると梯子(はしご)の段のように糸が渡るため、英語圏では「Ladder stitch(ラダーステッチ)」や「Blind stitch」と呼ばれる。
糸を両端から引くと、梯子の横木に相当する糸の渡り部分が直線状に縮まる。このとき、左右の布の折り山同士が引き寄せられ、隙間が密着する。結果として、渡っていた糸全体が折り山の内側、すなわち布と布の合わせ目の中に落ち込み、外部から完全に遮断される。これがコの字縫い縫い目見えない理由の力学的メカニズムである。
都内の縫製工房で修復を担当する技術者は次のように語る。「コの字縫いは、布を縫い合わせるというより、布の折り目同士を糸の張力で抱き合わせる技法です。針目が外側に出てしまう失敗の9割は、折り山の頂点ではなく布の表面をすくってしまっている点にあります」。折り目のキワギリギリを平行に通すことこそが、不可視の美しい仕上がりを生む絶対条件なのだ。