結論から申し上げますと、お守りをポーチに入れて持ち歩く行為自体は宗教的・作法的に何ら問題ありません。むしろ、人混みでの擦れや雨天時の水濡れから神札・内符を守るという観点において、非常に理にかなった所作といえます。
多くの人が気にする「神様が喧嘩する理由」という俗説ですが、神職関係者の証言によると、神道における「八百万(やおよろず)の神」の概念に基づけば神同士が反目し合うことはあり得ません。日本の神々は互いに協力し合い、調和(和合)を重んじる性質を持っています。伊勢神宮に天照大御神をはじめとする無数の神々が祀られているのと同様、複数の社寺のお守りを同じ入れ物に納めてもご利益が衝突することはないのです。
では、なぜ「神様が喧嘩する」という言説が広まったのでしょうか。民俗学的な調査記録をたどると、江戸時代に特定の神社や寺院の参拝講を運営する世話人たちが、自社寺のお札を専心して拝ませるために広めた方便や、「あれこれ買い集めて粗末に扱うな」という親心からの生活戒律が変形して伝わったものと推察されています。
また、「神社と寺のお守りを一緒にする影響」を不安視する声も後を絶ちません。しかし、明治の神仏分離令以前はおよそ千年以上もの長きにわたり「神仏習合」の文化が根付いていました。神社のお守り(神霊の宿る御璽)とお寺のお守り(仏・菩薩の加護を宿す御札)を同一のポーチに納めても失礼には当たりません。重要なのは外側の仕切りではなく、授けてくださった対象へ感謝と敬意を払い続けているかという心の姿勢です。