観測史上最大524M!リツヤ湾大津波の発生メカニズムと生還の真相

観測史上最大524M!リツヤ湾大津波の発生メカニズムと生還の真相

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この大災害が歴史に深く刻まれた理由は、524mという数字だけではありません。巨大な波が渦巻く湾内から、生きて生還した人間が存在したという事実にあります。当時、リツヤ湾の入口付近には3隻のトロール漁船が停泊していました。

そのうちの1隻「エドチェ号(Edrie)」に乗っていたのが、漁師のハワード・ウルリッヒ(Howard Ulrich)氏と、当時わずか7歳だった息子のソニー(Sonny)君でした。激震で船が激しく揺れた直後、湾奥から轟音が響き渡り、ウルリッヒ氏は目を疑う光景を目撃します。後に彼が公式な取材や手記で語った証言は、極限の臨場感を伝えています。

「湾の奥から、信じられない高さの巨大な黒い水の壁が、轟音とともに突進してきた。その高さは数十メートルどころではなく、視界のすべてを覆い尽くしていた。私は息子の救命胴衣を締め、神に祈りながら『全開で波に向かえ!』と自分に言い聞かせた」

ウルリッヒ氏はアンカーチェーンを切断し、船首を真っ直ぐに迫り来る波に向けました。通常であれば転覆・圧壊するはずの波でしたが、船は垂直に近い角度で波の斜面を駆け上がり、まるで大波の上をサーフィンするかのように頂点を乗り越え、奇跡的に湾の外へと脱出したのです。

一方、もう1隻の「バジャー号(Badger)」に乗っていたウィリアム・スワンソン夫妻も凄絶な体験をしました。波に持ち上げられた彼らの船は、湾口を塞ぐ砂州(標高数十メートル)の森林の上空を飛び越え、外洋へと放り出されました。船体は破壊され沈没したものの、夫妻は小さな救命ボートに乗り移り、奇跡的に救助されています。残る1隻「サンモア号」に乗っていたシャグナー夫妻は、津波の直撃を受け行方不明となりました。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。