現在でこそ「理想の母親像」「憧れのシニア女性」として圧倒的な好感度を誇る風吹ジュン氏ですが、その若い頃の道のりは平坦とは程遠い、想像を絶する逆境の連続でした。
幼少期に両親が離婚。母親からネグレクトに近い扱いを受け、中学生の頃には極貧生活の中で自活を余儀なくされました。高校進学を断念した彼女は、10代半ばで単身京都から上京。銀座の高級クラブなどで働きながら生活費を稼ぐ日々を送っていました。転機が訪れたのは1974年、21歳の時です。初代「ユニチカマスコットガール」に選出されると、屈託のない笑顔と抜群のスタイルで瞬く間にトップアイドル・グラビアモデルへと上り詰めました。
しかし、人気絶頂期に芸能界の暗部に直面します。所属事務所の移籍トラブルに巻き込まれ、都内のホテルで暴漢に誘拐・監禁されるという前代未聞の凶悪事件の被害者となったのです。当時の会見で涙を流しながらも気丈に真実を語った姿は、当時の芸能界に大きな衝撃を与えました。
アイドルタレントとしての消費に甘んじることなく、彼女は地道に演技力を磨き上げました。映画『蘇える金狼』(1979年)での体当たりの熱演、そして1991年の竹中直人監督作品『無能の人』では、家庭を支える芯の強い妻役を演じ切り、第34回ブルーリボン賞助演女優賞をはじめとする名だたる映画賞を総なめにしました。過酷な生い立ちと試練から逃げ出さず、自らの足で立ち続けた経験が、彼女の表情に唯一無二の陰影と深みを与えたことは間違いありません。