渡哲也さんの人生終盤は、最愛の家族との別れと絆の物語でもありました。
2017年3月、実の弟であり名優として名高かった渡瀬恒彦さんが胆嚢がんのため72歳で先立ちました。幼少期から固い絆で結ばれ、互いに役者として尊敬し合っていた最愛の弟の死は、渡さんの心身に極めて深い傷を残しました。当時、渡さんは「悔しくて、悲しくて、言葉になりません」と痛恨のコメントを発表し、憔悴した姿が報じられました。
また、過酷な闘病生活を半世紀にわたって陰で支え続けたのが、大学時代から交際を実らせて結婚した妻・俊子さんでした。毎日の徹底した食事管理、人工肛門の手当て、晩年の酸素吸入器の管理に至るまで、俊子夫人の献身的な介護なしには渡さんの俳優生活の継続は不可能でした。
渡さんが遺言として残した「葬儀は家族だけで静かに執り行うこと」「偲ぶ会やお別れの会は行わないこと」という強い希望は、長年苦労をかけ続けた妻や家族にこれ以上の負担をかけたくないという、深い愛情と配慮の結晶でした。
【プロの結論】昭和スターの引き際に見る「自己決定」と終活の現代的教訓
芸能ジャーナリズムおよび家族社会学の観点から渡哲也さんの生き様を分析すると、そこには現代の私たちが学ぶべき「終活の自己決定」の極致が見出せます。
昭和の芸能界においては、大規模な本葬やお別れの会を開き、多くのファンや関係者を集めることがスターのステータスとされてきました。しかし渡さんは、虚飾を排し、自らの死によって他者に義理立ての負担をかけさせない道を選択しました。
自らの終末期医療のあり方、会社の清算、家族への負担軽減をすべて生前に計画し、自らの意思で幕を引いたその姿勢は、超高齢社会を迎えた現代日本において、理想的な終活モデルケースとして高く評価されるべきものです。