エリザベス1世のビジュアルとして真っ先に思い浮かぶのが、陶器のように真っ白な肌と鮮やかな赤毛、華麗なドレスをまとった肖像画の姿です。なぜ彼女は極端な白塗りメイクを施していたのでしょうか。
1562年、エリザベスは当時不治の病であった天然痘に感染し、一時は生死の境をさまよいました。奇跡的に一命を取り留めたものの、顔には無数の痘痕(あばた)が残ってしまいます。これを隠すために用いられたのが、酢と鉛を混ぜ合わせた「ベネチアン・セルース(鉛白)」と呼ばれる白粉でした。この化粧品には猛毒の鉛が含まれており、使い続けることで肌の劣化、歯の喪失、脱毛が進行し、それを隠すためにさらに厚塗りを重ねるという過酷な悪循環に陥っていきました。
しかし、この白塗りには単なる外見のコンプレックス隠しを超えた「政治的アイコン化」の目的がありました。老いや衰えを国民や外国使節に見せず、永遠の若さと美しさを保つ「神聖な処女王」として君臨し続けるための徹底した情報統制・プロパガンダだったのです。
1603年3月24日、エリザベス1世は69歳でこの世を去りました。公式な記録における直接の死因は肺炎や敗血症とされていますが、長年にわたる鉛中毒による慢性的な体調悪化や、うつ状態による衰弱が背景にあったと分析されています。最期はベッドに横たわることを拒み、数日間クッションの上に座ったまま崩御したと伝えられており、死の瞬間まで「君主としての威厳」を保とうとした執念が伺えます。