やなせたかしの創作活動を俯瞰したとき、『手のひらを太陽に』と代表作『アンパンマン』は、ひとつの太い精神的支柱で結ばれています。
アンパンマンが誕生した背景には、戦時中の「飢え」に対する強烈な記憶がありました。どんなに高邁な大義名分を掲げた正義であっても、戦争によって立場が変われば容易に逆転してしまう。しかし、「飢えて死にそうな者に一片のパンを差し出すこと」だけは、いかなる時代や国境、思想を超えても絶対に揺らがない唯一無二の正義である――。この信念から、自分の顔をちぎって食べさせる異色のヒーローが生まれました。
自分を犠牲にしてでも他者の命をつなごうとするアンパンマンの精神は、「どんな小さき命であっても生きているだけで尊い」と謳い上げた『手のひらを太陽に』の思想的進化形です。
NHK連続テレビ小説『あんぱん』では、妻・暢(のぶ)とともに歩んだ苦難の半生や、50代後半まで「何者にもなれなかった」やなせの葛藤が生々しく描かれています。世間から認められず、遅咲きの苦労人として泥水をすすり続けた経験があったからこそ、敗者や弱者の痛みに寄り添う言葉を生涯にわたって紡ぎ続けることができました。