鹿児島工業高校から1999年ドラフト4位で福岡ダイエーホークスに入団した川崎宗則が、球界の頂点へと一気に上り詰めたのが2004年シーズンでした。この年、川崎は全133試合に出場し、自己最高となる打率.303、171安打、42盗塁を記録。パ・リーグの最多安打と盗塁王のタイトルをダブルで獲得する快挙を成し遂げました。
当時のダイエー打線は「ダイハード打線」と呼ばれ、柴原洋、井口資仁、松中信彦、城島健司ら強打者が居並ぶ強力無比な陣容でした。その中で1番・遊撃手としてチームの攻撃を牽引したのが若き日の川崎です。右へ左へと広角に打ち分けるバットコントロールと、相手バッテリーのモーションを盗み取る鋭いスタート力は、対戦球団の捕手陣にとって最大の脅威となっていました。
球団が福岡ソフトバンクホークスへと移管してからも、2006年のベストナインおよびゴールデングラブ賞受賞など、名実ともにパ・リーグを代表するショートストップとして君臨。ホークス在籍時の通算安打数は1,376安打に達し、チームの勝利に直結するプレーを幾度となく演出し続けました。