剣道の大会や昇段審査を見ていると、選手の大半が中段の構えを取り、一部の実力者が上段(主に左上段)を取る姿は見かけますが、八相の構えをとる選手はほぼ皆無です。「現代剣道で八相の構えをとると反則になるのか?」という疑問を抱く愛好家も少なくありません。
結論から言えば、全日本剣道連盟の試合・審判規則において八相の構え自体は何ら禁止されていません。ルール上、選手が中段以外の構えをとることは自由であり、八相から有効打突を奪っても正当な一本として認められます。ではなぜ、公式戦で八相を使う選手が存在しないに等しいのでしょうか。
警察官剣道特練員や実業団選手への取材、剣道専門コミュニティの分析から浮かび上がったのは、現代剣道の「竹刀競技としてのルール適合性」という冷厳な壁です。
「八相を取った瞬間、相手の中段の切っ先が自分の喉元(突き垂れ)と右小手にダイレクトに突き刺さる脅威に晒されます。中段のように中心を抑えていないため、相手からすれば最短距離で突くか小手を叩くだけでいい。竹刀という軽量かつ直線的な道具を使う現代ルールでは、八相の構えは相手に一方的なアドバンテージを与えてしまうのです」(元警察特練・教士七段)
竹刀は真剣と違って重量が510g以上(一般男子基準)と極めて軽く、切っ先を直線的に伸ばす突き技やコンパクトな小手打ちが猛烈なスピードで飛んできます。真剣であれば刃筋を立てて受け流す、あるいは肉を切らせて骨を断つ間合いの攻防が成立しますが、現代剣道の「有効打突(充実した気迫、適正な姿勢、竹刀の打突部で刃筋正しく打突)」の判定基準では、中心が空いている八相は圧倒的に被弾リスクが高くなります。
もし現代剣道で八相の構えを実戦投入して一本を奪うなら、以下のような高度な戦術が要求されます。
- 中段からの動的スイッチ:最初から八相で構え続けるのではなく、鍔迫り合いの離れ際や相手が手元を上げた瞬間に一瞬八相へ移行し、相手のリズムを狂わせる。
- 相手の突きを誘い出しての巻き落とし:喉元が無防備に見える性質を逆手に取り、相手が最短で放ってきた突き技を刀身で外側へ払いつつ、瞬時に右面または胴へ斬り落とす。
- 相手の小手打ちに対する出ばな面:相手がガラ空きの右小手を狙って踏み込んできた刹那、半身から体を一歩前へ入れ替え、上から覆いかぶさるように面を沈める。