2人の子供たちをめぐる親権闘争は、なぜここまで深刻な国際問題へと発展したのでしょうか。その発端は2021年3月、福原愛さんの日本単身帰国中に報じられた男性との横浜デート報道と、台湾メディアによる江宏傑氏側のモラルハラスメント疑惑の噴出でした。夫婦間の溝は埋まることなく、2021年7月8日、双方は正式に離婚を発表。「子供たちについては共同親権を持つ」という合意のもと、当面は台湾で江氏が子供たちと同居する形で生活がスタートしました。
しかし事態が暗転したのは2022年7月です。夏休みの面会交流のため台湾を訪れた福原愛さんが長男を連れて日本へ帰国。その後、長男の引き渡し時期をめぐって連絡が途絶えたとして江宏傑氏側が反発し、両者の関係は完全に決裂しました。
対立が極点に達したのが2023年7月27日、江宏傑氏が日本外国特派員協会(FCCJ)で開催した緊急記者会見でした。江氏は涙ながらに訴え、日本の家庭裁判所が福原氏に対して長男を即時に引き渡す保全処分命令を出した事実を公表。さらに従わない場合は未成年者誘拐罪での刑事告訴も辞さない強硬姿勢を示しました。これに対し福原愛さん側の代理人弁護士も反論声明を出し、泥沼の法廷闘争は日台双方の社会問題へと拡大しました。
膠着状態が続いていたこの問題に終止符が打たれたのは、2024年3月15日のことでした。同日、再び日本外国特派員協会で開かれた会見に、なんと福原愛さん本人が登壇。「江さんと和解いたしました。今後は江さんと協力して、子供を育てていきたいと思っております」と自らの口で宣言したのです。
この電撃和解の真相について、担当代理人弁護士のコメントや法曹関係者の取材データを総合すると、刑事告訴の手続きが進むなかで、子供への心理的負荷をこれ以上増大させてはならないという親としての合意が最大の決め手でした。福原愛さんは長男を台湾の江氏側へ引き渡し、江氏側もすべての民事・刑事手続きを取り下げることで合意。国境を越えた「真の共同養育関係」へと舵を切ることになったのです。