魔女の宅急便モデル街の真相!公式見解とキキが飛んだ聖地完全網羅

魔女の宅急便モデル街の真相!公式見解とキキが飛んだ聖地完全網羅

魔女の宅急便モデル街の真相!公式見解とキキが飛んだ聖地完全網羅の全貌を分かりやすくまとめてご紹介します。

コリコの街の成り立ちを紐解くうえで、最も確かな手掛かりとなるのがスタジオジブリ公式の見解です。スタジオジブリの公式Q&Aや当時の制作資料によると、コリコの街を設計するにあたって「スウェーデンのストックホルムと、ゴットランド島のヴィスビュー」が主なモデルとして明言されています。

制作当時、宮崎駿監督をはじめとする主要スタッフは、実際にスウェーデンへ渡り綿密なロケハンを行いました。宮崎監督は1971年、Aプロダクション時代に幻となったアニメーション企画『長くつ下のピッピ』の制作許諾交渉のため、高畑勲氏や小田部羊一氏らとともにスウェーデンを訪れた過去があります。当時の記憶に残っていた北欧の美しい光景と、1988年5月に敢行された『魔女の宅急便』用の現地取材が合流し、コリコの風景の骨格が形作られました。

宮崎駿監督の著作や当時のインタビュー記録において、興味深い世界観の設計思想が語られています。コリコの街は単に実在のヨーロッパの街をそのまま写し取ったわけではありません。制作陣が目指したのは、「もし第二次世界大戦を経験しなかったら、ヨーロッパはどんな近代都市へと発展していただろうか」という架空の歴史を反映したパラレルワールドです。

作中の時代背景は、監督自身の証言によると「1950年代のヨーロッパ、あるいは昭和30年代初頭の日本の空気感」を重ね合わせています。カラーテレビやトランジスタラジオが登場する一方で、車やプロペラ飛行機にはどこかノスタルジックな丸みがあり、路面電車が日常の足として走っています。北欧特有の石造りの街並みに、地中海の明るい陽光や戦前のモダンな意匠を融合させたからこそ、観る者の郷愁を誘う唯一無二の街が誕生しました。

山崎 陸
著者

山崎 陸

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