兄弟が歩んできた生い立ちは、決して平坦なものではありませんでした。兄弟の母親は非常に個性的かつ破天荒な性格で、事業の失敗や度重なる引っ越しなど、家庭環境は常に不安定さを極めていました。
経済的にも精神的にも追い詰められる中で、長男の高橋一生は弟たちを守るために若くして自立を余儀なくされ、母親とは約10年間に及ぶ長期の絶縁状態に陥りました。安部勇磨もまた、家庭内の複雑な人間関係や不在がちな親の背中を見つめながら、居場所のなさを埋めるように音楽へと没頭していった経緯があります。
転機となったのは2015年、母親の病気と逝去でした。死期が迫るなかで兄弟たちは病院へ駆けつけ、長年にわたる確執と痛みを乗り越えて最期の対話を交わしました。母親が息を引き取る直前、兄弟に向けた感謝の言葉によって、長かった家庭の葛藤はようやくひとつのピリオドを迎えました。
安部勇磨が書く「お別れの歌」や「明るい未来」といった名曲の数々に、哀愁と底抜けの陽気さが同居しているのは偶然ではありません。崩壊の危機に怯えた幼少期の痛みと、それでも家族や日常を肯定したいという切実な祈りが、彼のソングライティングの根底に力強く息づいています。