1793年10月16日正午過ぎ、パリの革命広場(現在のコンコルド広場)に設置された断頭台の階段を登る際、事件は起きました。両手を後ろ手に固く縛られ、足元がおぼつかなかったマリー・アントワネットは、誤って死刑執行人(ムッシュー・ド・パリ)であるシャルル=アンリ・サンソンの足を踏んでしまったのです。
罵声や怒号が飛び交う異様な熱気の中、彼女が思わず口にしたのは、自分を処刑しようとする相手への純粋な謝罪でした。
「Pardonnez-moi, monsieur. Je ne l’ai pas fait exprès.(ごめんなさい、ムッシュー。わざとではありませんのよ)」
この一言こそが、記録に残るマリー・アントワネット最後の言葉です。恐怖や怒りで取り乱すことも、慈悲を乞うこともなく、日常の礼儀作法そのままに相手を気遣う言葉を発した事実は、処刑を見届けた群衆やサンソン自身をも驚嘆させました。死を目前にした極限状態において、染み付いた気品と他者への敬意が自然と言葉となって現れた瞬間でした。