喜多村緑郎の真価を語る上で欠かせないのが、泉鏡花原作の二大名作、舞台『滝の白糸』と舞台『婦系図』である。美しくも悲劇的な運命に翻弄される人間模様を描いたこれらの作品で、彼は観客を深く引きずり込むような情念の演技をみせた。
舞台『滝の白糸』における凛とした立ち姿、そして舞台『婦系図』で見せた切ない男心と水際立ったセリフ回し。セリフの間一つ、視線の動き一つに宿る情感の濃密さは、並の役者に真似できるものではない。客席で息をのむ観客の気配を感じ取り、劇場全体の空気を一瞬で支配する感覚。あの興奮を知る観客は今も、彼が再びその役に命を吹き込む瞬間を待ち望んでいる。