中野学校の門をくぐった生徒たちは、本名を捨て「偽名」を与えられ、階級章のない背広姿で生活を送りました。驚くべきは、当時の軍隊教育の代名詞であった精神的体罰や「天皇への絶対的盲従」を強いる教育が一切排除されていた点です。
カリキュラムは極めて多岐にわたり、諜報活動に必要なあらゆる技術と知識が集約されていました。
- 実技・特殊技術:開錠術(ピッキング)、変装術、潜入・尾行・撒き(逆尾行)、写真撮影・偽造文書作成、毒薬や爆薬の調合、暗号作成・解読。
- 知性・教養・語学:英語・ロシア語・中国語などの徹底的な語学教育、世界情勢や国際法、経済学、心理学、宗教、気象学。
- 思想・人間関係構築:敵地の住民や要人と接触して味方に引き入れる「宣伝工作(プロパガンダ)」、信頼関係を築くための社交ダンスやビリヤード、マナー講習。
教官陣には大学教授や民間企業の第一線で活躍する専門家が招聘され、自由な討論が推奨されました。彼らに叩き込まれた哲学は「至誠天に通ず」という誠の精神であり、相手を欺くスパイだからこそ、人間としての高い教養と魅力、そして倫理観が不可欠であると教え込まれたのです。
何よりも特異だったのは、一般の将兵に求められた「生きて虜囚の辱を受けず」という戦陣訓を真っ向から否定し、「捕虜になっても決して自決せず、あらゆる手段で生き延びて情報を持ち帰れ」と厳命されていた事実です。