話題沸騰中の 花紀京の死因と伝説|横山エンタツの息子が「間の天才」と呼ばれた真相について、詳しいまとめを分かりやすく掲載しています。
花紀京(本名:石田京三)は、1937年3月30日に大阪府で生まれました。父は「近代漫才の祖」と称される横山エンタツ氏。昭和初期に一世を風靡したエンタツ・アチャコ時代を築いた偉大な父のDNAを色濃く受け継ぎながらも、その生い立ちは決して平坦なエリートコースではありませんでした。
高校卒業後、父の相方であった花菱アチャコ氏に弟子入りし、1962年に吉本新喜劇の前身である「吉本ヴァラエティ」へ入団。瞬く間に頭角を現し、入団からわずか数年で座長に昇格しました。以後、岡八郎(後の岡八朗)氏、桑原和男氏、原哲男氏らと共に、関西のお茶の間を席巻する絶対的な看板スターとして君臨しました。
時期・年代主な出来事・活動実績喜劇界における立ち位置編集部の分析・特記事項1960〜1970年代吉本新喜劇座長に就任、岡八郎との名コンビ結成関西演芸界のトップランナー動の岡八郎に対し、静の花紀京という黄金比を完成1989年(平成元年)「吉本新喜劇やめよッカナ?キャンペーン」を機に専属離脱フリーの喜劇俳優・大御所タレントテレビドラマや外部舞台、バラエティ番組へ活動領域を拡大2002年10月舞台出演中に脳梗塞を発症、緊急搬送事実上の芸能活動休止・療養へ舞台復帰を目指してリハビリに専念するも表舞台からは引退状態に2015年8月5日肺炎のため大阪市内の病院で逝去(享年78)伝説の巨星として追悼東西の芸人・演劇関係者から惜しむ声が殺到し再評価が進む