三島由紀夫と美輪明宏の愛憎|最後の薔薇と自決に秘めた魂の真相

三島由紀夫と美輪明宏の愛憎|最後の薔薇と自決に秘めた魂の真相

三島由紀夫と美輪明宏の愛憎|最後の薔薇と自決に秘めた魂の真相にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。

二人の歴史が幕を開けたのは、1950年代半ばの東京・銀座でした。当時、本名の丸山明宏としてシャンソン喫茶「銀巴里」のステージに立ち、美少年歌手として文化人たちの熱烈な視線を集めていた美輪明宏。その評判を聞きつけ、客席に現れたのが、すでに若き文壇の最高峰として名を馳せていた三島由紀夫でした。

美輪明宏の自伝『紫の履歴書』や当時の関係者による回想録によると、三島は店のボーイを通じて「あの美しい少年を連れてきてほしい」とテーブルへ呼び寄せました。文壇の大スターを前に、多くの人々が平身低頭するなか、10代半ばを過ぎたばかりの青年・丸山明宏の態度は極めて冷淡でした。

席につくなり、三島から「何か飲むかね?」と問われた美輪は、「結構です。お酒を飲みに来たわけではありませんから」とあっさり断ります。さらに三島が「君は実につまらない。可愛げがないね」と苛立ちを滲ませて口にすると、美輪は即座にこう言い放ちました。

「可愛げが欲しいのでしたら、どうぞ銀座四丁目の人形屋へ行って、お人形でも買っていらっしゃればよろしいでしょう。」

周囲が息を呑むような無礼とも取れる一言に、三島は一瞬呆気にとられた後、破顔一笑して大喜びしました。「僕に対して誰もそんな口を利かない。君は実に面白い」――。虚飾と追従に満ちた文壇や社交界に倦んでいた三島にとって、自らの名声や権威に微動だにせず、凛とした個と美学を貫く丸山明宏の存在は、まさに求めてやまなかった「精神の貴族」そのものとして映ったのです。こうして、二人の奇妙で濃密な交友関係がスタートしました。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。