Webメディアやソーシャルプラットフォーム、知恵袋などのコミュニティには、実践者たちの赤裸々な手記や体験談が無数に投稿されています。マーケティング的な誇大広告を剥ぎ取った現場の生々しい実態はどうなっているのでしょうか。
肯定的な体験談として際立っているのは、日常の「反応の遅れ」を作れるようになったという感覚です。ITベンチャーで激務に追われる30代男性エンジニアの手記には、次のような実感が記されています。
「以前は上司からの理不尽なチャット通知を見るたびに心臓が跳ね上がり、反射的に攻撃的な文面を打ち返しては後悔していました。毎朝15分の呼吸瞑想を半年続けたあたりから、怒りを感じた瞬間に『あ、いま自分の胸がカッと熱くなっているな』と、自分を一歩引いたカメラで見つめるような間(ま)が生まれました。その一呼吸の余白のおかげで、衝突を回避できるようになりました」
また、睡眠障害に悩んでいた40代女性会社員は、「夜中に目が覚めて明日のタスクを考えて眠れなくなる悪循環が、意識を足の裏やシーツの肌触りに戻すボディースキャン瞑想によって劇的に緩和され、睡眠導入剤を手放せた」と語っています。
一方で、手放しでは称賛できない落とし穴も報告されています。大手掲示板やSNS上で見受けられるのが、「感情が平坦になりすぎた」という悩みです。
「何があっても動じなくなったのは良いが、以前のような趣味への熱狂や、プロジェクトをやり切ったときの強烈な達成感まで薄れてしまった。まるで自分の人生をガラス越しに眺めているようで、生々しい喜びが消滅した」
さらに深刻なケースでは、「静寂の中で自分の呼吸に集中していたところ、幼少期の家庭内暴力の記憶や過去にいじめられたトラウマが突然生々しく想起され、過呼吸と動悸で起き上がれなくなった」という告白も存在します。内省の度合いを急激に深める行為は、人によっては心の防壁を予期せず破壊してしまう危険を孕んでいるのです。