常磐自動車道でのショッキングな事件は、行政や法制度をも突き動かした。当時の既存の法律では、悪質なあおり運転を直接的に処罰する規定が乏しく、暴行罪や危険運転致死傷罪を無理に適用せざるを得ない限界が指摘されていたからだ。
世論の激しい怒りと法改正を求める強い声を受け、政府は迅速に動いた。翌年、道路交通法が大幅に改正され、「妨害運転罪」が新たに創設されることとなった。他の車両の通行を妨げる目的で急ブレーキをかけたり、車間距離を詰める行為に対して、最高で5年の懲役または100万円以下の罰金という厳しい刑罰が科されるようになったのだ。
さらに、一度でもあおり運転で検挙されれば即座に運転免許が取り消されるという罰則も追加された。一連の事件が契機となり、日本の法体系は危険運転を未然に防ぐ厳罰化の時代へと完全に舵を切ったのである。