阿部寛の父親は、電気設備や技術関連の現場を支えるエンジニアだった。派手な世界とは無縁の場所で、日々図面と向き合い、技術と精度を追い求める生粋の職人。職務に対してどこまでも妥協を許さない真面目な性格であり、家庭内でもその姿勢は一貫していた。
子供時代、阿部寛に対して無駄な甘やかしは一切なかったという。挨拶や礼儀、約束を守る姿勢には特に厳しく、言葉数は少ないものの、背中で「仕事とは何か」「男の責任とは何か」を語る人物だった。毎朝決まった時間に家を出て、寡黙に仕事をこなし、夜に帰宅する。そんな父親の規則正しく無骨な暮らしぶりは、少年の目に強い憧れと尊敬の念とともに焼き付いた。
「どんな些細な作業であっても手は抜くな」。父が発したその哲学は、のちに阿部寛が役者として役柄を徹底的に調べ上げ、肉体改造や方言習得に極限まで取り組むストイックな姿勢の原点となっている。