映画の根幹をなすタイトル「まあだだよ」は、子供たちの遊びである「かくれんぼ」の掛け声に由来しています。劇中で毎年開催される百閒先生の誕生会は「摩阿陀会(まあだかい)」と名付けられています。この名称には、「先生、もうよろしいですか(=もうあの世へ旅立ちますか)」という弟子たちの問いかけに対し、先生が大ジョッキのビールを一気に飲み干して「まあだだよ!(=まだ死なないよ、まだ生きていくよ)」と力強く答える通過儀礼が込められているのです。
この掛け合いは、一見すると不謹慎な冗談のようでありながら、老いと死を恐れずにユーモアで包み込む百閒流のダンディズムそのものです。死神の足音が背後に迫る年齢になっても、生にしがみつくのではなく、笑い飛ばしながら現世での宴を楽しむ。黒澤明監督が83歳という晩年にこの言葉を映画の冠にした意図は、自らの創作意欲と生の肯定にほかなりません。
劇中には、現代を生きる私たちの胸に深く突き刺さる数々の名言が散りばめられています。とりわけ印象的なのが、百閒先生が教え子たちに静かに語りかける人生の教訓です。
「本当に好きなものを見つけることだ。見つかったら、その好きなものを一生大事にしなさい」
情報過多の中で自分の本心が麻痺しやすい今の時代において、この言葉は単なる教訓を超えた重みを持っています。周囲の損得勘定や時代の流行に惑わされず、自分が愛せる対象を愚直に抱きしめて生きる。ラストシーンで夕焼けの野原を舞台に、子供時代のかくれんぼの情景へと回帰していく先生の夢幻的なシークエンスは、「生き切った人間だけが見られる究極の安らぎ」を観客に提示しています。