長男の生い立ちは、1998年10月の両親逮捕を境に暗転しました。豪邸で不自由なく暮らしていた少年時代から一転、自宅は連日メディアに取り囲まれ、やがて放火によって全焼。4人のきょうだいは離散し、長男は児童養護施設へ送られることになりました。
施設で待ち受けていたのは、想像を絶する暴力と孤立でした。上級生や周囲の子供たちから「人殺しの子」「毒入り」と罵倒され、木刀で殴打されるなどの激しい暴行を受ける日々が続いたと、本人は手記やインタビューで明かしています。職員に助けを求めても「お前の母親がやったことを考えろ」と冷淡にあしらわれるなど、逃げ場のない極限状態に置かれました。
18歳で施設を退所したあとも、過酷な現実は変わりませんでした。就職先で身元が判明するたびに突然の解雇通告を受け、住居の賃貸契約すら拒まれる事態が頻発。さらに、将来を誓い合った女性との結婚が決まりかけた際にも、相手の親族から出自を理由に猛反対を受け、破談に追い込まれるという深い心の傷を負っています。