柳ヶ瀬の成り立ちを紐解くと、その栄枯盛衰は戦後日本の地方都市が辿った縮図そのものです。1966年に美川憲一氏の楽曲『柳ヶ瀬ブルース』が大ヒットした時代、柳ヶ瀬は劇場、映画館、キャバレー、高級料亭がひしめき、深夜まで肩がぶつかり合うほどの賑わいを見せていました。東西約500メートル、南北約400メートルに広がる網の目のようなアーケード街は、岐阜県内のみならず愛知県北部からも買い物客を惹きつける一大広域商業地でした。
しかし、1990年代以降のモータリゼーションの進展に伴い、岐阜市郊外には無料大型駐車場を備えた広域ショッピングモールが次々と開業しました。柳ヶ瀬をはじめとする中心市街地は、「車社会への対応遅れ」「権利関係の複雑さによる建物の老朽化」「後継者不足」という三重苦に直面し、徐々にシャッターを下ろす店舗が増加していったのです。こうした歴史的背景を理解してこそ、現在の再開発とリノベーションが持つ構造的価値が見えてきます。