明治政府の司令塔であった大蔵省で、税制や貨幣制度の設計を担っていた渋沢栄一。しかし、官僚機構の不毛な権力闘争と財政赤字の垂れ流しに限界を感じた彼は、自ら辞表を叩きつけた。彼が見据えていたのは、国家主導の統制経済ではなく、民間の資本を集積して動かす健全な資本主義の芽生えだった。
1873年に開業した第一国立銀行は、「国立」という名を冠しながらも、実態は三井や小野組といった民間豪商の出資によって設立された民間企業だった。官の権力に依存せず、民の力で富を循環させる。渋沢のこの先見の明こそが、混乱の極みにあった日本の産業基盤を根底から支えることになったのだ。