羽生結弦が氷上で奏でる表現の背景には、音符の一つひとつを肉体へと翻訳する凄まじい感性が存在する。彼がバイオリン演奏を中心としたナンバーを選ぶ理由、それはこの楽器が持つ「人間の情熱や痛みをダイレクトに伝える表現力」にある。旋律の揺らぎやビブラートの微細な強弱にまで神経を研ぎ澄まし、着氷の瞬間やステップのテンポを寸分違わず合致させるスタイルは、まさに音楽そのものがスケート靴を履いて滑っているかのような錯覚さえ抱かせる。
バイオリンという楽器は、管楽器やピアノと異なり、音の立ち上がりと消え際に無限のグラデーションが存在する。羽生はその伸びやかな弦の残響を、持ち前の美しいスパイラルやチェンジエッジで余すことなく視覚化してきた。聴衆が彼の演技に心を揺さぶられるのは、耳で聴くクラシック音楽が、視覚的な感動体験として眼前に再現されるからに他ならない。