六波羅の地は、仏教の他界観だけでなく、武家政権の黎明と崩壊を物語る軍事・政治の拠点でもありました。平安末期、この地に一大拠点を築いたのが平清盛率いる平家一門です。当時の六波羅には、清盛の「泉殿」をはじめ、平家一族の邸宅が数千棟立ち並び、権勢を極めました。
しかし、栄華は長くは続きませんでした。寿永2年(1183年)、木曾義仲の入京を前に、平家は自ら六波羅の館ことごとく火を放ち、都落ちしていきました。その業火の中で多くの堂宇が灰燼に帰しながらも、本堂だけは奇跡的に焼失を免れたと伝えられています。
令和館に収蔵されている重要文化財「平清盛坐像」は、歴史の激動を語る第一級の遺産です。経巻を手にして伏し目がちに座すその僧形の姿は、傲岸不遜な独裁者ではなく、どこか哀愁と深い諦念をたたえています。近年、この像は清盛の真影ではなく仏師・運慶一派による卓越した肖像彫刻であるという見解も支持されていますが、平家の興亡を今に伝える迫力は圧倒的です。境内には清盛の供養塔(塚)も静かに佇んでおり、盛者必衰の理(ことわり)を肌で実感できる歴史ファン必見のスポットです。